どう響くか
キーがCなら F → Fm → C。Ⅳ(F)を鳴らしたあと、同じⅣをマイナーに変えてもう一度鳴らし、そのままⅠへ着地します。
変わるのは1音だけです。F(F・A・C)と Fm(F・A♭・C)は、真ん中の A が A♭ へ半音下がっただけで、残る2音はそのまま置かれています。
この A♭ はキーCのメジャースケールに無い音で、同じ主音を持つCマイナーから借りてきたものです。借りてくる仕組みそのものは借用和音の記事で扱っています。
面白いのは、その次に起きることです。Ⅰ(C・E・G)へ進むと、A♭ は G へ下ります。
3つ並べると A → A♭ → G。同じ声部が半音ずつ2回下りて、Ⅰの5度に着きます。
ベースは F → F → C。Ⅳ から Ⅳm へ移るあいだは動かず、そこで動いているのは上の1本だけです。コードが切り替わったというより、1本の音が下りていく途中で色が変わったように聴こえます。
なぜ切ないのに、終われるのか
Ⅳ→Ⅰ はこれだけでも終止の形で、変終止と呼ばれます。讃美歌の最後の「アーメン」がこの形です。柔らかく着地しますが、Ⅴ→Ⅰのような強い引力はありません。
理由はいくつかありますが、ひとつは主音Cへ半音で寄りかかる音が無いことです。Ⅴ(G・B・D)の B は C のすぐ半音下にあって、そこへ強く吸い寄せられます(導音)。Ⅳ(F・A・C)にその音は含まれていません。
Ⅳm を挟むと、そこに A♭ が現れます。A♭ は着地するⅠの5度、G のすぐ半音上にある音です。
導音が主音へ下から寄りかかるのに対して、A♭ は5度へ上から寄りかかります。狙う先も向きも違いますが、半音で隣へ落ち着きたがる点では同じです。
つまりⅣmは、Ⅴ7を使わない柔らかい終わり方のまま、半音で解決する動きをひとつだけ足します。切ないのにちゃんと終わった感じがするのは、この2つが同時に起きているからです。
どこで使われるか
サビの終わりや、次の場面へ渡す手前など、ひと区切りつく直前に置かれることが多い形です。
レディオヘッド「Creep」(1992年)は、キーGで G - B - C - Cm の4つを最初から最後まで繰り返します。最後の Cm がⅣmで、この曲の落ち込むような手触りはここから来ています。
オアシス「Don't Look Back In Anger」(1996年)は、キーCでサビへ入る手前が F - Fm - C。ここまで見てきた形がそのまま出てきます。
グリーン・デイ「Wake Me Up When September Ends」(2005年)も、キーGで C - Cm - G。父の死を歌った曲で、Ⅳmの陰りがそのまま歌の内容に重なっています。
日本の曲では、優里「ドライフラワー」(2020年)がサビの終わりでⅣm(キーGのCm)を使っています。盛り上がったあとに力が抜けていく感じは、この1音の差から来ています。
1990年代から2020年代まで、キーもジャンルもばらばらですが、やっていることはどれも同じです。Ⅳの真ん中の音を半音下げているだけです。
派生形
Ⅰのあとに直接置く
Ⅳを経由せず、ⅠからいきなりⅣmへ行く形もあります。
Ⅳの明るさを一度も通らないので、陰りが前触れなく差します。明暗の落差は付きませんが、短い区切りで一気に色を変えたいときに向きます。
逆に言えば、Ⅳ→Ⅳmと並べる形をよく見かけるのは、明るいほうを先に聴かせておくと半音下がった瞬間の落差がはっきりするから、と考えられます。
Ⅴの手前に置く
着地の直前ではなく、Ⅴへ渡す手前に置くこともできます。
ⅣmからそのままⅠへ落とす形が「柔らかいまま終わる」なら、こちらは一度陰らせてから、あらためてⅤ→Ⅰで正面から終わる形です。同じⅣmでも、置く場所で役割が変わります。
7thを足して着地を先取りする
Ⅳm(F・A♭・C)の上に長7度の E を重ねて ⅣmM7 にすると、音がもう1つ増えます。
足された E は、着地するⅠ(C・E・G)に含まれている音です。行き先の音が1つだけ先に鳴っている状態なので、陰りながらも次の景色が半分見えている、という響きになります。
映画音楽やバラードでよく聴く、少し宙に浮いた陰り方です。
仲間のコードに差し替える
陰りをつける役はⅣmだけではありません。ジャズやポピュラー音楽の理論では、同主短調から借りた ♭Ⅵ・♭Ⅶ もⅣmと同じ仲間として扱います。
こちらはベースが A♭ → B♭ → C と上がっていくので、陰らせながら押し上げる形になります。Ⅳmが下向きの線なのに対して、上向きの動きが欲しいときの選択肢です。
またⅣmに6度を足したⅣm6は、Ⅱm7♭5と構成音が完全に一致します(この関係はsus4・add9・6thの記事で扱っています)。譜面での呼び名は違いますが、サブドミナントマイナーとして置くぶんには同じものです。
ジャズの形(バックドア進行)
ジャズでは、7thコードで揃えたまま下りる形が定番です。
ⅣM7 から Ⅳm7 へ移り、♭Ⅶ7 を通ってⅠへ帰ります。この Ⅳm7 → ♭Ⅶ7 → ⅠM7 はバックドア進行と呼ばれます。
名前の由来は、Ⅱm7→Ⅴ7→Ⅰ を正面玄関に見立てたときの裏口、という比喩です。Ⅴ7 を一度も通らないままⅠへ帰ります。
ここで効いているのも A♭ です。♭Ⅶ7(B♭・D・F・A♭)にも Ⅳm と同じ A♭ が入っていて、それがⅠの5度 G へ半音で落ちます。
最初に見た A → A♭ → G の線が、7thコードで飾られたまま最後まで生きている形だと言えます。
スタンダード曲「Misty」(キーE♭)の A♭M7 → A♭m7 → D♭7 → E♭ がこの形です。Chordrift の進行モードにも「Misty型(ⅳm借用)」として入っています。